CINEMA STUDIO28

2015-03-25

Jacquot de Nantes





メゾンエルメス、3月のプログラムは「ジャック・ドゥミの少年期」。アニエス・ヴァルダが死の淵にある夫の少年期を撮ったもの。再現ドラマに撮影時点の老いたドゥミを撮った映像が挿しこまれる。ドゥミはこの映画の撮影中に亡くなったとのこと。


http://www.maisonhermes.jp/ginza/movie/archives/7691/


原題「Jacquot de Nantes」、ナントのジャコ。ジャコはジャックの愛称で、ナント時代、家族や近所の人々からジャコと呼ばれていたらしい。港町、待つ女、兵士、抗議する群衆・・・ドゥミの映画は同じモチーフの反復が多く、どれもナントでの少年期の経験からきているのだな。父親は修理工、母親は美容師、それらの職業も登場人物たちの職業として映画に使われていたり、ブラジルからやってきた派手で羽振りのいい叔母さんから聞いたギャンブルのエピソードが、賭けて賭けて賭けまくる「天使の入江」のジャンヌ・モローのキャラクターを生み、叔母さんがドゥミの家族にキスして口紅が頬につき「あら、口紅、ごめんあそばせ」のセリフは「ローラ」に登場した。当たり前といえば当たり前なのだけど、表現されたものは、その人が世界をいかに見たかの反映で、ドゥミは周りをよく観察し、全部自分の映画に投入した。ナントでの少年時代にその種の多くはあったことが描かれている。


映画にとりつかれ、映画館に足繁く通い、友達からは「映画博士」と呼ばれ、かかっている映画の中でお薦めは何かを尋ねられると、全部観ているから熱っぽく何が良かったかを語る。「ローラ」や「都会のひと部屋」に登場するナントのアーケードにある店でカメラを手に入れたドゥミは映画を撮り始め、反対する親を説得し、映画技術学校に通うためにパリに出るところで映画は終わっている。去年、フィルムセンターの展示では、映画技術学校の学生証や、学生時代に描いた自画像、撮った映画、動かしてコマ撮りするためにつくった人形も観た記憶があるので、ドゥミの人生の、展示される前段部分を映画で見せてもらった気分。


ドゥミの人生を知りたい欲望がある観客には、おおいに満たされる映画なのだけど、ふと考えるのは、妻がこの映画を撮ることを、ドゥミはどう思っていたのだろう、ということ。死ぬ間際、人はこれまでの人生のさまざまな場面を走馬灯のように振り返る、と聞いたことがあるけど、これはまさにそんな映画であって、撮っているのは妻。妻が夫の走馬灯映画を撮る。そこに妻の映画監督としての図太い欲望を見る気もして、はたしてドゥミはどんな気分だったのだろう。ま、他人がどんな気分だったのだろう。と考えたところで、アニエス・ヴァルダが妻である。ということは、そういうことですよ!ということなのかもしれないけど。ところどころ挿入される死の間際のドゥミの姿は、あちらの世界に片足を踏み入れているような半透明感も漂い、妻のカメラがドゥミの全体だけでなく、皮膚や皺といった細部まで寄っていく様子は、撮ったそばから過去になっていく今、目の前を記録する、間もなく灰になる愛する人の肉体をフィルムに焼き付けて永遠にする、カメラはたしかにそんな道具だったね。


はっとしたのは、幼いドゥミが祖父の墓参りをする場面。ジャックの名前は祖父からもらったもので、祖父の墓石にはジャック・ドゥミと彫られており、幼いドゥミはそれを見ながら、生の儚さを思った。とナレーションが入る。ドゥミの映画は衣装や音楽でカラフルに彩られていても、そのそばでいつも死の香りが漂うけれど、幼い時の戦争経験だけではなく、祖父と同じ名前のせいでもあったのかな。