CINEMA STUDIO28

2015-12-01

TIFF2015 / Snap




東京国際映画祭の記録。9本目、コンペから「Snap」、タイ映画!去年観た別のタイ映画が面白かったので、映画祭期間中に調べていたらタイ・アカデミー賞なるものがあることを知り、去年は「タンウォン 願掛けのダンス」という映画が賞を席巻したと知った。そしてちょうど映画祭にかかっていたので急遽チケットをとって観に行った。その監督、コンデート・ジャトゥランラッサミー監督の新作。タイでも未公開らしくワールドプレミアが東京。できたてほやほや。


20代半ばの女性、もうすぐ結婚するらしい。婚約者とカフェでお茶していたら、撮影に出くわし、そこにいた写真家はかつて、高校時代の恋人だった。8年ぶりの再会。ほどなく同級生の結婚式に出席するため2人は一緒に高校時代を過ごした地方へ行く。懐かしい場所で、記憶の遠くにあった「あの頃」が蘇ってきて…。


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甘酸っぱい映画…!さらっと観ると本当に美しい青春映画。しかし「タンウォン 願掛けのダンス」が「ウォーターボーイズ」のような、ダメ男子高校生がダンスで団結する物語かと思えば途中、火炎瓶の煙もくもくのクーデターも描かれて驚いたこともあり、この映画もただの青春映画ではないはず、と思って観ていた。


2人の空白の時間が8年、というのに意味があって、8年前、タイでクーデターがあり政情が不安定になる中、政府がらみの要職に就いていると思われる父親の都合で、主人公は卒業を間近に控えながらバンコクに引っ越してしまう。恋人同士でありながら2人の間には身分の差も感じられ、クーデターにより分断が鮮明になる。前作のように火炎瓶飛び交うわかりやすい描写はなかったけど、タイの人が観るのと、タイの事情に疎い私が観るのとでは、ずいぶん印象が違う映画なのではないか。高校時代の思い出の曲として流れる歌も、現在のものではかく当時の歌らしい。



そして、上映後のQ&Aは映画の印象を裏付けながらも覆していった。映画を作るきっかけについて、監督自身が抱いていたセンチメンタル、ロマンティック、そして「思い出」への疑問があった、と。あの頃の私たち、についての映画なのに、回想シーンが登場しないのはそもそも「思い出」というものは存在するのか?と懐疑的だから、という理由らしい。監督はかつて自身が卒業した高校に映画を撮りに行った時、思い出だと思っていた過去の出来事が、本当にあったことなのだろうか?と、わからなくなったらしい。


映画は徹底して主人公、女性の視点から描かれる。写真を加工しインスタグラムにアップして、いいね!のハートマークの数が増えていく場面から映画は始まる。この甘酸っぱさは、あくまで彼女サイドが主観で捉えた、柔らかなフィルターをかけた「あの頃」であって、彼女にとって「あの頃」が甘酸っぱいものであってほしい、という欲望が、この映画を甘酸っぱくさせている。それは現実の「あの頃」とは差異があるかもしれない。印象的な水族館の、魔術的なシークエンスは、物語の全体を揶揄するように、彼女の欲望が作った「あの頃」は現実から離れたフェイクである、と語っていたように私には思えた。相手・男性の視点から撮れば違った映画になるのかもしれないし、甘酸っぱいフィルターはかかっていないのかもしれない。「SNSが発達した現代では、誰もが主人公になりたがる」と、監督は説明していた。



撮りながら自分の人生からいなくなった人のことを考え、そして人生に新たに関わってくる人もいる。ただ、その人が自分の人生にいた、でも今はいない、という事実があって、それをどう捉えるか、という映画です。と監督は話していて、思い出について懐疑的だった監督も、撮りながら、自分の人生からいなくなった人のことを考えたとのこと。







クーデターという大きな出来事があって、しかしタイの人々の中には、それを受け入れる人もいる。SNSなどを通じて自分の意見を表明し合うことで、仲良かった人と疎遠になるケースも多々あったらしい。主人公の女性は中流階級の、政変を受け入れ、現実を生きる人であり、懐かしい場所に帰って数日を過ごすことで、彼女は現実逃避をしているのだ、と。


私自身は思い出に対して、監督寄りの態度をとっていると思う。過去がどれだけ美しくても、自分の手で変化させることができる現在のほうが好きだ。だから甘酸っぱい青春映画を楽しみながらも、主人公の思い出美化欲望、主人公願望を、少し醒めた目で眺めていた。思い出って誰のものなんだろうな、と思っていたのだけど、映画とQ&Aを通じて、美しい思い出は、思い出を美しくしたがる人のものだし、辛い思い出も、思い出を辛くしたがる人のものではないか、インスタグラムのフィルターのように。という示唆をもらった気になった。


監督(写真右/左はプロデューサー)についてよく知らなかったので、映画を観終わった直後は、もっと若い人かな、と思っていたのだけど、お話を聞いてみて、年齢相応の落ち着きに納得。スクリーン7の大画面で観たかったのだけど、その時間は別の映画を観ていて、六本木ヒルズの小さめのスクリーンで観た。そして狭さゆえの親密さなのか、監督の興味深い発言のせいか、この日のQ&Aはおおいに盛り上がり、質問の手が次から次へと上がっていた。総じて、男性の質問はロマンティックで、女性の質問は現実的なのも興味深く(映画の中の女性はロマンティックだったのに...)今回の映画祭で参加した中でもベストQ&Aだった。