CINEMA STUDIO28

2016-03-09

2016/3/9

 
 
日曜、窓の外はマラソン大会。
 
オスカーに絡むような大作映画の上映時期ばかり気にして、他の映画を見落としてないかしら…と、ふとイメージフォーラムのサイトをチェックしていたら、「ヴィクトリア」のサイトができていることに気づく。5月上映。
 
 
 
ドイツという国には行ったこともないし、縁のないままなだろうと思っていたけど興味が湧いてきている。「ヴィクトリア」」を観るとベルリンでロケ地巡り…ロケ地といっても珍しい場所は何もないクラブやマンションだけど…をしたくなったし、繁忙期でもこれだけは観に行かねばと思ってるファズビンダーもドイツ人。そしてルビッチもベルリン生まれ。
 
 
本郷でカレーを食べた友人は読書好きで1ヶ月ほどをひとつの単位として、その時興味を持った対象を本で追いかけるとのこと。最近の例では自衛隊について読み漁った月が終わり、現在はホロコーストについて読み漁り中なのだという。去年、ランズマンのドキュメンタリー「SHOAH」を観に行ったと伝えたら、行く!教えてくれてありがとう!と、その後観に行ったようで(「SHOAH」は4部構成、朝から上映開始、観終わるととっくに夜という映画。我々は「SHOAH遠足」と名付けた)、私はあれは第4部、カメラが被写体、ホロコーストについて哀しい記憶がある、できるなら二度と思い出したくもない人々を追い詰め始め、耐えきれず泣き出す人もいたことが、いったいどこの誰に彼らを追い詰める権利があるの?と偉そうなカメラに憤りを覚え、経験としては観て良かったけど好きなドキュメンタリーではないと言うと、友人は本をたくさん読み漁っても書かれていなかったこと…収容所に向かう列車に乗せられる人々が、その先の運命を知らず、舞踏会のような楽しい華やかな場所に行くのだ、と騙されて乗せられたという証言を映画で初めて知ったので観て良かった、という意見だったので、なるほど私は映画としてどうか、ドキュメンタリーを撮る姿勢としてどうか、ということが気になっているけど、あれをもっと学術的な?興味の対象として友人は観たのだなと思った。
 
 
ヨーロッパ映画を観る時に宗教とホロコーストの知識は避けて通れないという話にもなり、私はドイツからアメリカに渡った監督たち(ルビッチやビリー・ワイルダー)が、いかにもヨーロッパ的な成熟をアメリカ映画にもたらしたような気がしていて(例えばルビッチ映画で夫のいる身である女が他の男との間をふらふらしたり、セックスを暗喩する表現が随所にあることなど)、その点からドイツの歴史にも興味はある、と初めて口にしてみたので、なるほど自分はそこに興味があるのだな、と気づく。
 
 
何年前の映画だったか、ドイツに漠然と興味を持ち始めるきっかけが、偶然ギンレイホールに流れたのを観た「東ベルリンから来た女」だったので、あの映画の背景に描かれたものを理解した上で再見してみたい。映画を1本観るたびに、知らないことばかりだな、と静かな気持ちになる。
 
 
「ヴィクトリア」のメモだけするつもりだったのに、長々と書いてしまった…。春みたいだった昨日から一転し、東京は肌寒い。雨も降ってる。