CINEMA STUDIO28

2016-06-18

趣味と芸術 ー 味占郷

 
 
書き忘れ気味、京都で観たもの。
 
 
細見美術館にて、杉本博司「趣味と芸術 ー 味占郷」。昨年、千葉市美術館で開催された展示が京都に巡回。「婦人画報」に連載されていた、料理人を明かさない謎の割烹「味占郷」、ゲストが2名招かれ、ゲストにさりげなくあわせたしつらいでもてなされる。
 
 
書籍化もされており、「口上」から引用すると、
 
 
「我が国においては美術品鑑賞の為の場として床が室町期以降発達してまいりました。桃山期からは床は茶室の内でも重要な場となり、床に掛ける軸と添える花、ともに供される料理は茶の味と一体となって、客を迎える作法が完成し、今日にいたっています。(中略)本来日本の文化は日常生活の内に深く根ざしたものであり、西洋的な概念である『芸術』と呼ぶには相容れないものがございます。この展覧会ではあえて芸術を見せる場である美術館の場を借りて、日常の接待という、おもてなしの、気遣いの内に潜む日本的感性と、その美意識について、各界からのお客様をお迎えし、お客様、しつらえ、料理の絶妙なる取り合わせを試みてみました。」
 
 
連載27回、誌面で表現された「味占郷」の立体的再現。謎かけのような展示はもちろん、展示される品の豪華さにも目を見張った。
 
 
・招かれる客
・床に飾る軸
・軸の前に飾られる美術品(そこに花が活けられていることも)
・器
・料理
 
 
の取り合わせの妙。感性の下敷きは日本的であるとしても、取り合わされる品々が日本的である必要はなく、例えば
 
 
・招かれる客 : 寺島しのぶ夫妻
・床に飾る軸 : ジャック・ゴーティエ・ダゴティ「筋肉解剖完全版」
・軸の前に飾られる美術品 : 鎌倉時代の水注に野花を添えて
・器 : 李朝の粉引盦子
・料理 : あなごの開き
 
 
女の背中が大胆に解剖され骨と肉の見えた絵について「おなごの開き」と解説し、「あなごの開き」を供する。身も蓋もない解剖図に変わり、器は蓋のついたものを。寺島しのぶが映画などで身体を開きがちな女優だからだろうか。
 
 
他に、
 
 
・招かれる客 : 中村獅童夫妻
・床に飾る軸 : 硫黄島地図軸装 栗林中尉所持
・軸の前に飾られる美術品 : IWOと書かれた文字の残る、革製軍用鞄
・器 : 旧帝国海軍の為に製作された貴賓接待用の塗碗
・料理 : 蛤の吸物
 
 
イーストウッド「硫黄島からの手紙」に出演した中村獅童を招いてのおもてなし。塗碗には海軍の錨紋章入り。補給の途絶えた硫黄島で栗原中尉が食したかもしれない、という見立て。終戦記念日の時期にあわせての連載内容。
 
 
全てを高揚しながら観たため、ひとつひとつを記録しておきたいものだけど、長くなるので割愛。他には料亭の女将二人を招いた回も印象深く、料亭といえば三島由紀夫「宴のあと」。政治家と料亭の女将の出会いが東大寺のお水取りを見る旅だったことから、軸は「紺紙銀字華厳経巻頭」。江戸時代のお水取りの時に二月堂に火が廻り消失、焼け跡から取り出されたこの経巻は上下が消失し、しかし焼けた姿にも美を見出すことができる。
 
 
ちょうど展示を観る少し前に、話しながら私の妄想癖がそこかしこに迸り、しかし話し方や思考がロジカルだったようで、ロジカルだからこそ妄想ができる、という指摘をいただいて、その指摘は初めてだな、と面白く思ったのだけど、おもてなしの型を決め、型の範囲で最大限に妄想を繰り広げたこの展示は、妄想の最高級、展示される品々が高級であるだけでなく、ひとつの思いつきから四方八方に妄想を巡らせ、思考の結晶として眼前に提示する知識量や感性の質においても高級、と唸るほかにない。
 
 
謎の割烹「味占郷」の店主兼料理人は連載途中まで明かされず、途中で明かされたそれは杉本博司だった。供される料理は、雰囲気に圧倒されるもののよく見ると「ゆで卵」「冷麦」と身近なものもばかりで「ごちそう」が嫌い、という店主の嗜好があらわれている。
 
 
細見美術館の展示は、明日まで
 
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